1980年代前半、旧ソ連の銀行が外国為替市場で大口取引を行うスペキュレーター(投機家)として一世を風靡しました。外国為替市場で彼らは「ロシア」であったり「白熊」などというように呼ばれることがありました。外貨の購入や外貨の売買という資本主義的な市場で社会主義(当時)の国の銀行が投機を行うという矛盾があるにもかかわらず、外国為替市場では何の問題もなく受け入れられていました。

当時はソ連以外にも、革命前のポーランドやハンガリ一、チェコ・スロバキアなどの国々にある銀行も活発なディーリングを行っていました。ロシアは、外国からの借り入れによって手にした外貨を他の通貨に変えたり、貿易決済に使うため外貨を調達したりしていました。また、金を売却して得たドルを他の通貨に換えることもありました。差益を目的とした大口売貨にも積極的に取り組んでいたようです。

その主戦場はロンドン市場でしたが、アジアでもシンガポールの銀行を通じて大口の取引を繰り返し、東京市場に与えた影響も少なくありませんでした。「白熊」に食われた日本人ディーラーも少なくなかったと聞きます。ところがある時から突然、ロシアは大口のディーリングが止まり、市場の人々はそれを不思議に思っていました。ほどなくして、ロシアのチーフディーラーが首になったらしいという噂が流れ始めました。噂によると、ディーラーが巨額の損失を計上してしまい、他のスペキュレーターと同じ運命を辿ることになったようです。

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